2008年05月07日 曽我逸郎


労働運動について 4題目 「インディーズ・メーデー」


 5月3日、『自由と生存のメーデー2008 プレカリアートは増殖/連結する』に参加してきた。大変楽しかった。
 大久保から新宿駅東口アルタ前広場までの「サウンドデモ」の様子は、YouTube http://jp.youtube.com/watch?v=9qpRubzsScs で見ることができる。また、http://www.mkimpo.com/diary/2008/mayday_08-05-03.html にもたくさんの写真がある。
 ただ、これらの映像だけを見ると、あるいは、当日たまたまデモに出くわした人たちにも、単にニートやフリーターが気勢を上げてストレスを解消しているだけのように見えたかもしれない。
 しかし、デモに先立つ「宣言集会」は非常にまじめで真剣なものだった。大久保区民センター多目的ホールは溢れかえって、リピーター参加者には退出が呼びかけられるほどだったし、前の人のお尻に膝がくっつくくらいに詰め合わせながら、建物の外までたくさんの人がいたから、五百数十という参加者数はおそらくそのとおりだっただろう。
 某ワインメーカーのパートタイマー差別・人権侵害を女性ユニオンが訴え、ガソリンスタンドユニオンの活動報告、車椅子からの身体障害者のアジテーション、かつて世界同時革命を目指した老兵の9条改憲阻止のアピール、生存権について、性同一性障害やゲイの人たちとの連帯、外国人労働者、野宿者、ネットカフェ難民…実に多様なアピールがあった。
 それらの中には、公営住宅の問題とか、正規雇用を絞りながら非正規を安く使ってそれを補い人件費を抑えているとか、行政の一端にある者として端座して耳を傾けなければならない問題提起もあった。しかし、また同時に、地方の農山漁村も、グローバル企業優先の生産性と効率一辺倒の社会制度によって切捨てられている存在であり、その点ではプレカリアートの諸君と共通している。共感しあえるだろうし、さらには一歩進んで互いに補完的に助け合えるのではないか、とも思う。今、地方は、プレカリアートな状況に置かれているのだ。
 同様のインディーズ系メーデーは、日本各地に広がっている。熊本、京都、名古屋、岐阜、札幌からの報告があった。すばらしいのは、政治的な立場は関係なく、差別などまったくなしに、つらい状況にある人たちがそのことだけでどんどん連携していっていることだ。硬直した既存の労働運動・政党活動にはない包容力、柔軟性、自由気ままさがある。
 そしてなにより、メーデーを祭りとして楽しんでいる。「宣言集会」の司会のふたりは着ぐるみだったし、ズンドコズンドコ、リズムに合わせて身体を揺すりながら歩くデモは、YouTubeをみてのとおりだ。
 サウンドデモも、ぱっと見の印象よりずっと節度のあるものだった。私の前をにこにこしながら歩いていたのは、品のいい服装で帽子をかぶった小さなかわいいおばあさんだった。パンクあり、ゴスロリあり、くたびれたTシャツあり、考え方によってはセクシーな衣装もあり、年齢も格好もばらばらな集団が一緒に歩いた。初めのうちは、時々機動隊員に肩を押され、窮屈に押し込められていたが、新宿の真ん中へと進むにつれて、沿道の人々を吸収し、私の見た目では、3倍くらいには増えていたように思う。新宿3丁目、5丁目の交差点を右折するとき振り返って見たけれど、前よりにいた私からは最後尾が確認できなかったほどだ。人数が増えすぎて手がつけられなくなったのか、あるいは観衆の目を気にしたのか、ゴールが近づくにつれて機動隊の圧迫も弱くなった。
 フリーターユニオンの呼びかけによるこのメーデーは、2004年にスタートしたようだが、その時の写真をみると、本当にささやかな規模だ。それがここまで大きくなり、しかも日本各地に広がった。ここまで育ててきた人たちは、とても大きな仕事をした。運動として既に臨界点を超えていると思う。たくさんの人が自分の思いを主張する喜びに気づいたから、今後は連鎖反応を起こし、指数関数的に拡大していくだろう。既存の組合や政党に今ひとつ期待が持てない中、世の中がいい方向に変わっていく一つの可能性を発見したようで、うれしい気持ちがする。
 札幌からの報告の中で朗読された「世界メーデーのための札幌宣言」も立派な内容だった。国家も政府も放っておいて、苦しんでいる人たちが国境を越えて直接に連帯の輪を広げていければ、世界はずいぶん変わるかもしれない。
 課題は、組織化・硬直化せず、教条化せず、今のままの柔軟な包容力・気ままさを維持していけるかどうかだ。もしそれができれば、本当に大きな可能性があると思う。とてもむずかしいことだと思うけれど、一個人として連帯していきたい。

 

以上